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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)4461号 判決 1998年3月12日

大阪市旭区赤川一丁目四番二五号

原告

沢井製薬株式会社

右代表者代表取締役

澤井弘行

右訴訟代理人弁護士

新保克芳

東京都中央区京橋二丁目一一番五号パインセントラルビル

被告

サカイ薬品株式会社

右代表者代表清算人

荒井良一

主文

一  被告は原告に対し、金一億二〇四四万円及びこれに対する平成八年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は原告に対し、金一億六一一二万八〇〇〇円及びこれに対する平成八年五月八日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、エトラプチン錠1という製剤について製造承認及び薬価基準の収載を受け、その主成分であるアゼラスチン原末を被告から供給を受けた原告が、被告は自ら実施する意思のない塩酸アゼラスチンの製造方法を原告に開示して、この製造方法により生産される塩酸アゼラスチン原末の供給が受けられると原告を信じ込ませ、原告をして原末供給元を他に変更することが不可能な状況に追い込んだ上で、右開示した製造方法とは全く異なる、他社の特許権によって差止めを受けるような製造方法により生産されるアゼラスチン原末の供給を受ける旨の契約を締結することのやむなきに至らせ、その結果、右特許権の専用実施権者から申し立てられたエトラプチン錠1の製造販売の差止め等を求める仮処分事件において、エトラプチン錠1の製造販売等の停止、製造承認の取下げ、解決金の支払等を内容とする和解を余儀なくさせたと主張して、不法行為に基づく損害賠償として金一億六一一二万八〇〇〇円の支払を求めた事案である。

一  基礎となる事実(特に証拠を掲記するもの以外は、当事者間に争いがない)

1  原告は、医薬品の製造販売を業とする会社である。

被告は、医薬品原料の販売を業とする会社であるが、平成九年二月二日の株主総会決議により解散した。

2  原告は、平成六年三月一五日、塩酸アゼラスチン(一般名)を主成分とする製剤であるエトラプチン錠1の製造承認を取得し、同年七月八日、薬価基準収載を受けた。

原告は、被告との間で、右製造承認の取得前より、被告からエトラプチン錠1の製造に必要な塩酸アゼラスチン原末を購入する契約の交渉をしていたところ、次の3記載の経緯により、平成六年八月八日(証人八久義雄)、正式にアゼラスチン原末を価格一kg当たり一六〇〇万円で、六か月間に六・六kg購入する旨の同年八月二日付売買契約書を取り交わした(右売買契約書記載の内容の契約を、以下「本件原末供給契約」という。原告は、本件原末供給契約の合意は同年七月一四日に成立したと主張し、被告は、契約書の日付どおり同年八月二日に成立したと主張する)。

3(一)  本件原末供給契約においては、アゼラスチン原末の製造方法は具体的に特定されていないが、原告は、契約交渉中の平成六年三月二九日(証人八久義雄)、被告から、別紙1記載の方法(以下「製法A」という)による塩酸アゼラスチン原末の製造方法が、訴外エーザイ株式会社(以下「エーザイ」という)が専用実施権を有する塩酸アゼラスチンの製造方法についての特許権(特許番号第一〇四一四四三号。以下「本件特許権」という)にかかる発明(以下「本件特許発明」という)の技術的範囲に属さず、したがって製法Aは本件特許権を侵害しない旨記載された評価書(甲一)を手渡され、更に、同年七月六日、被告から、右評価書と同様、製法Aは本件特許発明の技術的範囲に属さず、したがって製法Aによって塩酸アゼラスチンを製造、販売することは本件特許権を侵害しない旨記載した乙山二郎弁理士(以下「乙山弁理士」という)作成の鑑定書(甲二)の送付を受けた。

(二)  平成六年七月、エーザイは、原告を債務者として、エトラプチン錠1の製造方法が本件特許発明の技術的範囲に属すると主張して、その専用実施権に基づき、エトラプチン錠1の製造販売の差止めを求める仮処分の申立てをした(平成六年(ヨ)第二一七八号事件。以下「本件仮処分事件」という)。

原告は、被告の指示に従い、被告が実質的に選任した甲野太郎弁護士(以下「甲野弁護士」という)を代理人に選任し、甲野弁護士はやはり被告が実質的に選任した乙山弁理士を輔佐人に選任した。同年八月一日の第一回審尋期日において、甲野弁護士及び乙山弁理士外弁理士二名(以下、合わせて「甲野弁護士ら」という)作成の答弁書(甲三)が提出された。右答弁書の提出に当たり、甲野弁護士らはその内容について事前に原告に一切相談せず、原告は、当日、その写しを受け取って初めて内容を知ったところ、右答弁書では、被告の関連会社である訴外株式会社市川化学研究所(以下「市川化学研究所」という)がアゼラスチンを製造し、これを被告から購入した原告が塩酸塩(塩酸アゼラスチン)とすることが開示されたが、その開示されたアゼラスチンの製造方法は、別紙2記載の方法(以下「製法B」という)であり、前記(一)のとおり原告がこれまで被告から開示を受けていた製法Aとは全く異なるものであった。

(三)  そのため、原告は、同年八月五日、被告に対し本件原末供給契約を白紙に戻したい旨伝えたが、甲野弁護士から「サカイ薬品(被告)からはこの製法しか聞いていない。この製法で勝てると思っている。今、沢井(原告)側が降りることになれば、同じサカイ薬品原末で争っている他の訴訟上、裁判所に極めて悪い印象を与えてしまうことになる。」と言われた。

結局、原告は、被告からアゼラスチン原末の供給を受けることとし、前記2のとおり、同年八月八日、正式に売買契約書を取り交わすに至った。

4  原告と被告は、平成七年四月一七日、「売買契約の解除に関する合意書」により本件原末供給契約を解除する旨合意し、原告は、同日、甲野弁護士に対し、本件仮処分事件について大阪地方裁判所に原末供給元を変更する旨の上申書を提出するよう依頼した。甲野弁護士は、同月二七日、大阪地方裁判所に右内容の上申書とともに原告の代理人を辞任する旨の辞任届を提出した。

原告は、同年六月一日、本件仮処分事件につき、エーザイとの間で、<1>原告は、エトラプチン錠1の製造、販売又は譲渡を直ちに中止し、以後これを製造、販売又は譲渡しない、<2>原告は、エトラプチン錠1の薬価基準収載及び製造承認を直ちに取り下げる、<3>原告は、その占有するエトラプチン錠1並びにその半製品、仕掛品及び原料(塩酸アゼラスチン及びアゼラスチン)を、エーザイの立会いの下ですべて廃棄する、<4>原告は、エーザイに対し解決金として、同月末日限り金五〇〇万円を支払う、<5>原告において右<1>ないし<3>の各義務を遅滞なく履行したときは、エーザイは原告がエトラプチン錠1を製造、販売したことに関し、右<4>の解決金を超える損害賠償請求権を放棄する等の内容からなる裁判上の和解を成立させ(甲四。以下「本件和解」という)、これを履行した(甲一三、証人八久義雄、弁論の全趣旨)。

5  エーザイは、被告からアゼラスチン原末の供給を受けていた原告以外の製薬会社に対してもその製剤の製造販売の差止めを求める仮処分の申立てをしていたが、これらについては、いずれも仮処分命令が発令され(争いがない)、仮処分命令発令を免れた会社も原告と同様の内容で和解している(弁論の全趣旨)。

二  争点

1  本件原末供給契約の締結に至る被告の一連の行為は、原告に対する不法行為を構成するか。

2  被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対し賠償すべき損害の額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(本件原末供給契約の締結に至る被告の一連の行為は、原告に対する不法行為を構成するか)について

【原告の主張】

被告は、自ら実施する意思のない製法Aのみを原告に開示して、製法Aによレ生産される塩酸アゼラスチン原末の供給が受けられると原告を信じ込ませ、更には原告に事前の開示もなく裁判所に別の製法(製法B)を開示するなどして、原告をして原末供給元を他に変更することが不可能な状況に追い込んだ上で、原告にとって不利な、本件特許権によって差止めを受けるような製法Bにより生産されるアゼラスチン原末の供給を受ける旨の本件原末供給契約を締結するのやむなきに至らせ、その結果、本件仮処分事件において本件和解を余儀なくさせたものであるから、被告の一連の行為は原告に対する不法行為を構成するものである。

1(一) 塩酸アゼラスチンはいわゆる製法特許である本件特許権の対象物であり、これを主成分とする塩酸アゼラスチン製剤の製造販売を開始すれば、その差止めを求める訴訟の提起ないし仮処分の申立てのあることは必至であったため、原告が塩酸アゼラスチン原末の供給契約を締結するに当たっては、それが本件特許権を侵害しない製法で製造されていることが重要な要素であった。

そのため、平成六年二月二四日、原告の担当者が被告大阪営業所で被告代表取締役らと面談した際も、原告の担当者は、原末の製法を被告が開示することが契約の条件であることを伝えた。

(二) 平成六年三月二九日の面談の際、被告代表取締役及び営業部長は、原告担当者に対し、製法Aによって製造した原末を原告に供給するとの提示をし、かつ、この製法が本件特許権を侵害しないとの評価書(甲一)を手渡した。その際、被告から他にも検討中の製造方法があるとの話はあったものの、原告が開示を受けたのは、唯一製法Aのみであり、以後他の製法については、一切開示も示唆もなく、評価書や鑑定書の交付も受けていない。原告に対しては、深幸薬業株式会社(以下「深幸薬業」という)や東亜紡織株式会社など他の複数の会社からも原末の売込みがあったが、それらの開示された原末の製造方法の中で被告から開示された製法Aが最も安全であると思われたので、原告は、価格が最も高かったにもかかわらず、被告から原末の供給を受けることにした。

同年七月六日、被告大阪営業所から原告に対し、製法Aが本件特許権を侵害しないとの乙山弁理士の鑑定書(甲二の2)が、「御検討下さい」と記載された送付状(甲二の1)とともに送付されてきた。

同月一四日、被告代表取締役及び営業所長が原告を訪れ、被告に製造承認が下りていないとして被告が製造した中間体であるアゼラスチンを原告が塩酸塩にすることを提案し、原告もこれを了承し、価格は一kg当たり一六〇〇万円で、六か月間に最低六・六kg購入することで合意に達した。その際、原告の担当者が、被告の採用する製法Aが一番よいので採用したいと述べたにもかかわらず、被告は、実際の製造方法が別の方法であることは示唆すらしなかった。

(三) ところが、被告は、早くから乙山弁理士の見解や被告の関連会社市川化学研究所での実験結果から、最終的に製法Bでいけると確信し、平成六年一月には、他の後発品会社(大正薬品工業株式会社、長生堂製薬株式会社)との間で製法Bを前提として原末供給契約を締結し(乙六の1)、市川化学研究所は、遅くとも同年六月六日には製法Bによってアゼラスチンの製造を開始していた(甲二〇、二一)。

(四) 原告は、同年八月一日の本件仮処分事件の第一回審尋期日に、被告が実質的に選任した甲野弁護士ら作成の答弁書の写しを受け取って初めてその内容を知ったが、答弁書で開示されたアゼラスチン原末の実際の製法が事前に開示を受けていた製法Aとは全く異なる製法Bであることを知ったため、同月五日、いったんは被告に対し本件原末供給契約を白紙に戻したいと伝えた。

しかし、原告は、既に同年七月八日にエトラプチン錠1について薬価基準の収載を受け、三か月以内に医療機関に供給を開始しなければ、その収載が取り消され、今後他の医薬品の薬価基準収載も認められなくなる立場にあり(甲二二)、また、薬価基準の収載前に既に他の原末供給業者はそれぞれ供給先を決めてしまっており、原告のような販売力のある製薬会社を急に供給先に追加することは期待できない状況にあり、現に、その頃深幸薬業に供給を打診したが断られ、しかも、原告には事前に全く相談なく作成されたものではあるとはいえ、既に原告を債務者とする本件仮処分事件の答弁書において製法Bによる原末を被告から購入する予定であることが裁判所に明らかにされており、供給元の目途もないまま供給元の変更を裁判所に申し出ても、仮処分命令発令を免れることは不可能と判断された上、甲野弁護士らから、製法Bで絶対大丈夫であると言われ、甲野弁護士からは、前記のとおり「サカイ薬品(被告)からはこの製法しか聞いていない。この製法で勝てると思っている。今、沢井(原告)側が降りることになれば、同じサカイ薬品原末で争っている他の訴訟上、裁判所に極めて悪い印象を与えてしまうことになる。」と言われ、「サカイ薬品(被告)が沢井(原告)を提訴することにもなりかねない。」と言われたため、原告は、かかる状況の下で、供給元を他の原末供給業者に変更することは不可能であり、このまま被告から供給を受けるしかないと判断し、被告からアゼラスチン原末の供給を受けることとして、同年八月二日付売買契約書の作成に応じたのである。

(五) その後、本件仮処分事件における平成七年一月三一日の審尋期日で行われた議論を見る限り、原告に不利な結果が予想されたため、原告は、原末の供給元を変更することを考えたが、甲野弁護士らから、「まだ終結するような状況でもないし、そんなに急いで乗り換える状況ではない。しかも敗訴するとは限らない。」と言われ、原末の供給元を変更することは見送った。

ところが、同年三月二〇日の審尋期日終了後、にわかに甲野弁護士から、「決定をもらうのはリスクが大きい。製造販売をやめる方向で和解した方がよい。」と言われたが、原告は、エトラプチン錠1を継続して製造、販売したいと考えて被告から原末を購入することにしたのであって、今更そのようなことを言われても承認できることではなかったため、原末供給元を深幸薬業に切り替えることを決断し、同年四月一七日、被告との間で本件原末供給契約を合意解除した。そして、原告は、同日、甲野弁護士に対し裁判所に原末供給元変更の上申書を提出するよう依頼し、同月二七日、甲野弁護士から右上申書とともに代理人辞任届が提出された。

(六) その後、本件訴訟の原告代理人が本件仮処分事件の債務者(原告)の代理人に選任され、同年五月九日に大阪地方裁判所の担当裁判官に面談を求め、原末供給元を被告から深幸薬業に切り替えることを前提に、今後の手続を深幸薬業から供給された原末を主成分として塩酸アゼラスチン製剤を製造、販売していた製薬会社に対するエーザイからの別件の仮処分申立事件と同様に扱うよう依頼したが、担当裁判官からは、債権者であるエーザイの承諾がない限り、事実上審理が終結した段階での原末供給元の変更は認められないという意見が示された。そこで、原告代理人は、エーザイの代理人と連絡をとったが、同代理人からは、仮処分命令が近く出されることは明らかであり、今更原末供給元の変更は受け入れられないと言われたため、やむなく和解の途を探り、エーザイからは、エトラプチン錠1の製造販売の中止、製造承認の取下げ、損害賠償の支払が和解の絶対条件であることが示され、そのうち損害賠償については話合いの余地がありそうであったので、原告代表者名で和解を申し入れた(乙六の4)。

(七) 平成七年五月一六日の審尋期日でも、右の状況に変わりはなく、次回審尋期日の同年六月一日までに和解ができなければ仮処分命令が出されることは必至と判断されたため、同年六月一日、原告は、やむなくエトラプチン錠1の今後の製造販売の中止、深幸薬業から購入した原末で製造したエトラプチン錠1の廃棄、エトラプチン錠1についての製造承認の取下げ及び解決金五〇〇万円の支払を内容とする本件和解を成立させた。

2 いわゆる製法特許の対象物であって差止訴訟の提起が不可避な物質(医薬品の原末)について、その供給契約を締結しようとするときには、その製造方法が当該特許権を侵害しないことが最も重要な要素である。したがって、供給を受けようとする側から要望があれば原末供給業者は、その原末の製法を明らかにしなければならず、何らかの理由で明らかにすることができないのであれば、その旨を告げるべき信義則上の義務がある。まして、真実の方法と全く異なる方法を開示して契約の勧誘をしてはならないことは当然である。

ところが、被告は、他の後発品会社とは既に平成六年一月に製法Bを前提として原末供給契約を締結し、被告の関連会社市川化学研究所で遅くとも同年六月六日には製法Bによってアゼラスチンの製造を開始していたにもかかわらず、製法Aのみを原告に開示し、その製法についての評価書(甲一)を同年三月二九日に、鑑定書(甲二の2)を同年七月六日にそれぞれ原告に交付し、製法Aにより製造された原末が供給されるものと原告を誤信させた上、本件仮処分事件の申立てがされるや、原告には相談のないまま、甲野弁護士ら作成の答弁書に、右とは全く別の製法Bによる原末を原告が購入する予定であると記載して同年八月一日に提出した後、はじめて原末の製造方法は製法Aではなく製法Bであることを原告に告げたのである。

このような行為が、前記の原末供給業者としての義務に違反する違法なものであって、契約締結上の過失などというようなものではなく、故意による不法行為を構成することは明らかである。

本件においては、原告は、最終的にはやむをえず製法Bによる原末の供給を被告から受けることとしたが、それは、被告が実施するつもりもない製法Aを積極的に示すことで原告を追い込んだ結果であり、原告が被告から製法Bを知らされたときには、既に他の供給業者へ変更することが不可能であり、裁判所に対しては製法Bが開示されていたため、結局原告は製法Bによる原末の供給を受けざるをえなくなったのであるから、そのことは何ら被告の行為の違法性や責任を阻却するものではない。

そして、原告は、製法Bによる原末の供給を受け、製法Bをもって本件仮処分事件を争った結果、本件和解を余儀なくされて損害を被った(仮に、原告が試みた原末供給元の変更をしなかったとしても、被告から原末の供給を受けていた他の製薬会社も同時期に仮処分を受け、あるいは和解をしており、原告が少なくとも製造承認の取下げを含む和解を余儀なくされたことに変わりはない)。はじめから被告が製法Aで製造すると原告を誤信させず、遅くとも他の供給業者へ変更することが可能な時期までに、原告に真実の方法を開示するか真実の方法が製法Aでないことを明らかにしていれば、原告は深幸薬業等の他の原末供給業者から塩酸アゼラスチン原末の供給を受けていたから、被告から製法Bによる原末の供給を受けることはなく、ひいては製法Bをもって本件仮処分事件を争うこともなく、不利な和解によって損害を被ることもなかった(現に、深幸薬業から原末を購入した製薬会社に対するエーザイの別件仮処分申立ては、却下されている。甲九)。したがって、被告の不法行為と原告の被った損害との間に因果関係のあることも明らかである。

3(一) 被告は、原告は被告の重要な取引先であり、共同して特許訴訟に対処してきた事案も少なくないと主張するが、原告は、数多くの原末供給業者との間で取引があり、被告はその中の一社にすぎない。塩酸アゼラスチンについても、被告が製法Aにより製造するとのことであったので、原告は、複数の会社の中から被告を選んだのである。原告は、従前被告及び被告以外の各社と共同して特許訴訟を争ってきたが、原告が開示を受けた方法以外の方法で争った例はない。

また、被告は、被告が製法Bを早い時期に原告に開示しなかったのは、原告が被告以外からこの製法によって原末の供給を受ける体制づくりをすることも可能となり、価格折衝等において不利となるおそれがあるなどの商取引上の考慮があったからであると主張する。しかし、原末供給業者が商取引上の駆引きで真実の製法を明らかにしないなどということはありえない(現に、前記深幸薬業や東亜紡織株式会社は、真実の製法を原告に開示している)。まして、真実と全く異なる製法を評価書や鑑定書を交付してまで示すことが、駆引きとしても許されないのは明らかである。しかも、エーザイから警告状が届き、本件仮処分事件の申立てがされ、もはや第三者によって原末の供給を受ける体制づくりをすることができない時期になっても、重要な取引先であるはずの原告に対して、商取引上の考慮で実際の製法である製法Bを開示しなかったのである。他方、製法Aを早くから開示していたのは、被告の右主張に従えば、製法Aが第三者の実施できないものであって、かつ自らも実施しない方法であったから、ということになる。

被告は、原告が製法B以外の製法に固執するのであれば、それ以外の製法に基づく契約の締結を求め、全面的な契約条項案の修正を求めえたとも主張するが、原告が選択した製法である製法Aの実行を約束していた被告が、それをしないと言いだしたのであり、原告が製法Aを実施するように言っても承諾したはずもない被告が、右のような主張をするのは不当きわまりない。

(二) 被告主張のとおり、製法について「取引の相手方は開示がなければ取引関係に入らなければよいという自由を保持する」のであるが、被告は、実施するつもりのない製法を示して原告を契約締結に至らしめて原告の「開示がなければ取引関係に入らなければよいという自由」を奪ったのである。

被告は、原告は製法の選択を含む特許対策のすべてを被告に委ね、その権限と責任の下に行うことに同意し、本件原末供給契約を締結したと主張するが、原告は、製法の選択も含めすべてを被告の権限と責任の下に行うという合意はしていない。多くの原末供給業者がある中で、製法を一切特定せずにすべてを原末供給業者に任せるなどということはありえない。現に本件では、被告から製法Aが開示されているし、その製法についての鑑定書がわざわざ原告に送付されているのである。

また、原告が被告と被告主張のような「同一歩調」をとることを明確に義務づけられているような合意は、本件では一切成立していない。被告がその根拠とする従前の訴訟委任契約は、本件とは全く関係がない。

被告は、原告は本件原末供給契約上定められた六か月間以後の数量、価格の決定のための被告との協議に応じず、違約状態となったと主張するが、被告から協議を求められたのに原告がこれに応じなかったというようなことは決してない。本件で常に問題であったのは本件仮処分事件の審尋の行方であり、原告にはエトラプチン錠1の販売を継続するメリットがあったが、前記のとおり、平成七年三月二〇日の審尋期日終了後に製造販売をやめる方向で和解した方がよい旨言われたのであり、そのため原告はやむなく原末の供給元を変更したのである。仮処分命令の発令を受けずにエトラプチン錠1を安定的に製造、販売できることが原告の主眼であり、そのことは被告も了解していたことであるから、それが不可能になった時点で被告の契約上の義務自体が履行不能になっていたのである。

被告は、原告の行為がエーザイを鼓舞し、被告らに対して悪影響を与えた旨主張するが、原告の本件和解とは関係なく、被告から原末の供給を受けていた各製薬会社に対し、各地の裁判所で仮処分命令が発令され、その後で被告らは製造販売の中止を内容とする和解をしたのである。株式の店頭登録直前の原告としては、少なくとも仮処分命令発令という事態は避けたかったので本件和解をしたのであり、仮にそのまま原末の供給元を変更していなければ所詮仮処分命令の発令は免れなかったのであるから、製法Bで争えるとの判断に基づく被告の契約上の義務は履行不能になったにすぎず、その履行不能に基づく被告の責任は何ら解除されるものではない。

(三) 原告は、被告が初めから製法Bを開示していれば、当然被告以外の原末供給元と契約を締結していた。それが不可能になったのは、エーザイから本件仮処分事件の申立てがあった後ですら製法Aで行くと信じ込まされていたためである。

被告は、薬価基準収載に基づく三か月以内の供給義務は、早急にかつ大量に供給することを前提とした商取引とはレベルが異なるとし、被告との間で必要最小限度の量の供給のための契約のみを締結することも一案であったとも主張するが、裁判所に対して、一定の製法(製法B)と供給元を開示した後に、それはとりあえず三か月以内の供給義務の履行の必要上の範囲のものであり、これから別の供給元を探すなどと答弁するような、不誠実な対応の仕方では、到底仮処分命令の発令は免れないところである。何よりも、被告から原末の供給を受けている他の製薬会社の裁判に悪影響があると言って、製法Bでの製造を承認するように迫ったのは被告なのである。

4 甲野弁護士らは、ともに被告から選任され、報酬も被告から支払われているのであり、原告からは形式的に甲野弁護士に対する委任状が提出されたにすぎない。甲野弁護士らは、被告から実際の製法である製法Bの開示を受けていたのであり、同弁護士は、本件仮処分事件の第一回審尋期日の後、製法が違うことから契約締結をやめようとした原告代表者に電話してきて、前記第二の一3(三)のとおり、「サカイ薬品(被告)からはこの製法しか聞いていない。この製法で勝てると思っている。今、沢井(原告)側が降りることになれば、同じサカイ薬品原末で争っている他の訴訟上、裁判所に極めて悪い印象を与えてしまうことになる。」などと述べ、もっぱら被告のために行動していたことは明らかである。もし、甲野弁護士らが塩酸アゼラスチン製剤の製造販売の継続を主眼とする原告の利益のために行動していたのであれば、平成七年一月三一日に原告から原末供給元の変更の申出があったときに、「まだ終結するような状況でもないし、そんなに急いで乗り換える状況ではない。しかも、敗訴するとは限らない。」と回答し、同年三月になって「決定をもらうのはリスクが大きい。製造販売をやめる方向で和解した方がよい。」などと指示することは考えられないことである。甲野弁護士らが原告のために行動しなかったとまではいえないとしても、被告の利益と原告の利益が対立する場合には、被告の利益を優先していたことは明らかである。被告が実質的依頼者であるから、それは当然である。

5 被告は、本件原末供給契約の締結によって原告が損害を被ったとの主張は、被告の供給したアゼラスチン原末の製法Bが本件特許権を侵害するものであることを前提とすると主張するが、原告の主張は、製法Bが本件特許権を侵害するものであることを前提としていない。製法Bが、これによって製造した原末を主成分とする製剤の製造販売の中止を内容とする和解を余儀なくされ、あるいは仮処分命令の発令を受けるような内容であることが問題なのである。そして、現に被告から原末の供給を受けていた複数の製薬会社に対して、複数の裁判所で、製法Bを開示したにもかかわらず、仮処分命令が発令されているのである。

【被告の主張】

1 原告が本件原末供給契約を締結したのは、本件仮処分事件の自らの代理人及び輔佐人である甲野弁護士らの製法Bで勝てるとの意見をも参照した上で、本件原末供給契約の各条項に示されている被告の権限と責任に委ねるとした原告自らの経営政策上の判断によるものであって、被告の責に帰すべきものではない。

(一) 原告と被告との取引関係は、二〇年前から継続しており、本件原末供給契約締結当時も、原告は被告の重要な取引先であった。その間、取引に関連して原告、被告が共同して特許訴訟に対処してきた事案も少なくない。したがって、被告としては、原告との関係については本件原末供給契約や特許係争の処理問題にとどまらず、原告を重要な得意先として維持することに意を用い、そのことに客観的な利害関係を有しており、本件の原末の製法を一時的に偽って原告との関係を悪化させるようなことは考えてもいなかった。

本件原末供給契約締結に至る交渉過程において、原末の製法については被告は複数用意しており、そのうちのどの製法を選択し、どの製法に変更するかなどの点については被告が権限と責任を持つものであることが了解されていたから、原告は、製法Aを被告の唯一不変の製法であると認識していたわけではなく、まして製法Aに基づく原末のみを買い入れるとの認識もなかった。被告が製法Bを早い時期に原告に開示しなかったのは、製法Bによれば特許権侵害はありえないとの確信があり、それ故に右のように被告が責任を持つことを約しても問題はないと考えており、他方でこの製法Bが特許権侵害を構成しないとの認識は被告のみが有するノウハウであり、原告に早期に開示してしまうと、原告が被告以外からこの方法によって原末の供給を受ける体制づくりをすることも可能となり、価格折衝等において不利となるおそれがあるなどの商取引上の考慮があったからである。但し、被告が製法Aを開示した以上、製法Aについての特許権侵害の成否の情報を原告が求めること自体は当然であるので、原告の求めに応じて被告がその資料を提供することも(ノウハウとして保持したい点があれば提供を差し控えるが)、これまた商取引上の通常の行為である(なお、評価書及び鑑定書は、原告のために作成された文書ではない)。

本件仮処分事件の第一回審尋期日である平成六年八月一日における製法Bの開示後も、原告は、一度は白紙に戻したい旨の申入れをしたものの、被告の選択した製法Bに委ね、本件原末供給契約の締結とその履行に至った。原告が製法B以外の製法に固執するのであれば、それ以外の製法に基づく契約の締結を求め、全面的な契約条項案の修正を求めえたのに、そのような選択をしなかったのである。

(二) 商取引上の交渉過程において、自らの製法が特許法上の保護又は高度のノウハウ等によって防御できる場合には、これを開示した上でその他の契約条件を詰めていくことがあるとともに、契約締結に至るか否かが未定で、不確定要素の多い交渉相手に対し、開示してしまえばその製法による供給上の独占ないし優位性が保持できない場合には、開示に極めて慎重になるのが一般的である。特許係争が予想される場合であっても、契約締結前に取引の相手方に対し必ずしも製法を開示しなければならないとするような商慣習も信義則もない。一方で、開示しなければ契約締結に至らず顧客を失うおそれがあるとはいえ、契約関係にない者に対して開示する義務を課されているはずはないのであり、他方、取引の相手方は開示がなければ取引関係に入らなければよいという自由を保持するのである(ちなみに、本件のアゼラスチン原末については、被告は、原告を含め六社と供給契約を締結したが、他の五社とは製法を開示せずに契約を締結している)。

本件原末供給契約の交渉過程においても、被告は、複数の製法を考慮中であるが開示できないこと、いずれの製法によっても勝訴の確信があるので、仮に敗訴や和解で終了した場合はこれによる損害賠償金ないし和解金は被告が負担する条件でよい旨を申し出ていたのである。そして、被告は、原告の製法開示要求に対し、勝訴できるという確信を持つ根拠を示すために一つの製法である製法Aを開示して安全性の立証資料とし、原告は、製法の選択を含む特許対策のすべてを被告に委ね、その権限と責任の下に行うことに同意し、本件原末供給契約を締結したのである。すなわち、本件原末供給契約においては、特許権侵害訴訟が提起された場合、被告が責任を持ってその解決に当たり、かつ、その結果支払うべき損害賠償金ないし和解金も被告が負担するものとされるとともに、「特許係争の処理については原告は被告の同意なく単独で行ってはならない。総ては被告が対処することとする。」とされ(七条)、原告は、特許事件についてはすべて被告の権限と責任の下に進めることに同意し、被告と「同一歩調」をとることを明確に義務づけられているのである。どの製法を選択し、どの製法に変更するかを含め、特許係争にかかわることはすべて被告の権限と責任において行うことを合意したからこそ、損害賠償金ないし和解金についてもすべて被告が責任を持つことにしたのである。

平成六年二月二四日の被告大阪営業所における交渉において、製法の開示が問題となった際、「もし開示ができないことになっても、本方法は乙山弁理士は一〇〇%勝つと言っており、仮に敗訴するようなことがあれば沢井側の損害賠償金あるいは和解金を負担する。」との話合いがされており、「開示した場合は、通常の契約条件」すなわち損害賠償金ないし和解金を被告が負担する旨の条項はなくなると考えられていたのであって(乙四)、本件原末供給契約上、製法の開示ないし特定について一切の言及がなく、訴訟を含む特許係争の結果としての損害賠償金ないし和解金については被告が負担する一方、特許係争の処理全般をすべて被告が行うこととしていることをみれば、契約締結後の製法の開示義務も課されず、製法の限定もされていなかったことが明らかである。

なお、被告は、本件原末供給契約に基づき、平成六年九月までに三回で合計六・六kgを原告に納入し、代金の決済は同年一〇月末日に終了し、これによって契約締結日から六か月間についての履行は完了したが、原告は、塩酸アゼラスチン製剤の市況の悪化と被告の原末納入価格が高いこと等を理由に、本件原末供給契約上定められた六か月間以後の数量、価格の決定のための被告との協議に応じず、違約状態となった。他方、原告は、平成七年三月下旬ないし四月に至り、被告から原末を購入するのに代え他社から原末の供給を受けるとの方針に転換し、同年四月一七日付の合意書により本件原末供給契約関係から離脱した。これによって原告は、本件原末供給契約一条、二条、七条、九条及び一〇条等の拘束から解放され、自らの責任によってそれ以後の塩酸アゼラスチン製剤に関する特許係争を処理することとなり、同時に本件原末供給契約に基づく被告の権限と責任も消滅した。

原告は、同年三月二〇日の審尋期日終了後、甲野弁護士から「決定をもらうのはリスクが大きい。製造販売をやめる方向で和解した方がよい。」と言われたと主張するが、事実に反する。原告・被告とも今後の営業上のメリットがないのであれば和解を選択した方がよい、というのが当時の甲野弁護士側の判断であった。

しかしながら、原末の供給元を変更して自ら特許係争をより有利に処理しようとした原告の思惑は外れたのみならず、被告、アゼラスチン原末の製造元である市川化学研究所、被告からアゼラスチン原末の供給を受けていた製剤各社(四社)の仮処分事件とその和解折衝上の立場に重大な悪影響を与え、特に当該仮処分事件における債権者側の立場を鼓舞する結果となったことによる被告らに対する悪影響は、重大なものがあった。

(三) 原告は、被告は自ら実施する意思のない製法Aのみを原告に開示して、製法Aにより生産される塩酸アゼラスチン原末の供給が受けられると原告を信じ込ませ、更には原告に事前の開示もなく裁判所に別の製法(製法B)を開示するなどして、原告をして原末供給元を他に変更することが不可能な状況に追い込んだ上で、本件原末供給契約を締結するのにやむなきに至らせた旨主張するが、平成六年八月一日に被告が供給する原末は製法Bにより製造するものであることを原告が知った後に締結した本件原末供給契約は、製法Bをも可とする契約であり、薬価基準収載日(七月八日)から三か月以内の供給義務を履行する上で、原告が本件原末供給契約成立の日として主張する七月一四日と原告が製法Bを知った八月一日との差は決定的なものではなく、そのことは原告自身も八月五日に契約を白紙に戻す決断をし、一度は他の供給元からの購入を考えたことによっても明らかである。

原告は、薬価基準収載前に既に他の原末供給業者はそれぞれ供給先を決めてしまっており、原告のような販売力のある製薬会社を急に供給先に追加することは期待できない状況にあった旨、あるいは原告が被告から製法Bを知らされたときには既に他の供給業者へ変更することは不可能であった旨主張するが、失当である。

まず、原告・被告間に原末供給契約が締結されていない以上、原告は他の原末供給業者との取引の自由を有しているのであり、原告がその自由を実質的に保持するための他の業者との関係を維持していなかったとすれば、それは、原告の経営上の判断の問題であって、被告に責任を転嫁するのは筋違いである。また、原告のいう「他の原末供給業者へ変更する」とは「原告のような販売力のある製薬会社を急に供給先に追加すること」、つまり、早急にかつ大量に供給することを前提とした商取引上の問題であり、営利企業の特定の経営判断の問題であるのに対し、薬価基準収載に基づく三か月以内の供給義務は、全くレベルの異なる別個の問題であり、医療政策との関連で医療機関に対する最小限度の供給を問題とするのであり、また、事例に応じた例外(不測の事故又は正当な理由がある場合)があるのであるから、同一視することはできない。更に、仮に他の供給業者へ変更することができなかったとしても、被告との間で必要最小限度の量の供給のための契約のみを締結することも一案であったのであり、六か月間の大量販売のための供給契約を不可避としたとの結論に導くのは不当である。原告は、八月八日に当初の予定どおり六か月間に六・六kg購入するとの数量で契約書を交わし、九月までに三回にわたってこの全量の納入を受け入れ、その後平成七年に及んでもこれによって販売することになるのであるから、原告が本件原末供給契約を締結したのは、単に三か月以内の供給義務を履行するためにやむなくしたというものではない。

2 本件仮処分事件の債務者である原告の代理人及び輔佐人であった甲野弁護士らの言動を被告の責任に帰するのは不当である。

(一) 本件仮処分事件を含む一連の仮処分事件は、市川化学研究所の製造するアゼラスチン原末を被告が買い入れて原告ら製薬会社六社に各別に販売しようとしたところ、エーザイが原告、被告ら八社を債務者としてそれぞれ別個に特許権侵害差止めの仮処分を申し立てたものであって、すべて共通の論点を持つものであった。右のような場合の各製薬会社とその訴訟代理人・輔佐人との契約関係は、従前の原告、被告とその共通の訴訟代理人・輔佐人との契約関係と同一であって、原告と本件仮処分事件における債務者(原告)の代理人甲野弁護士との間でもそのような了解の下に委任し、また受任しているものである。

そして、従前の訴訟委任にかかる訴訟委任契約(乙一、二)によれば、被告を通じて同一の医薬品原末の供給を受ける複数の製薬会社に対して訴訟が提起された場合には、当該事件の原告及び裁判所に対する関係で一致した対処が必要であり、それによって裁判所の心証形成等訴訟上の有利な地歩を維持できること、もし各社の一部がこれから離脱するときは訴訟上の困難を生じることを相互に理解し、訴訟係属中は当該原末を他社からは購入しないこと、及び当該事件の被告各社の協力関係、共同歩調を乱すおそれのある行動をしないこと、もしこのような契約条項に違反したときは、「訴訟手続上のどの段階であっても訴訟代理人ないし輔佐人を即座に辞任することができる」ことが合意されているのである。これに対して、一つの製薬会社に対してのみ訴訟が提起されたケースにおける訴訟委任契約(乙三)では、特定の原末供給元を維持することや共同歩調の定めと代理人辞任規定等はない。

このように、同一の医薬品原末の供給を受ける複数の製薬会社に対して訴訟が提起された場合には、訴訟の内外において他の製薬会社や原末供給元と相互に同一歩調をとることを義務づけ、その共通のルールを守ることによって各社の地歩をより有利に保全せんとする合意をなし、これに反することによって違反者と他の各社との共同歩調が乱され相互間に利害対立が生じたときには、訴訟代理人・輔佐人はいつでも違反者との関係を切断することができることとして、委任関係を錯綜したものにしない手だてを取っているのである。

(二) 平成六年七月一九日に本件仮処分事件の申立書の送達を受けた原告は、本件原末供給契約の締結以前ではあったが、被告からアゼラスチン原末の供給を受ける方針の下に、原告・被告間の従前からの了解事項に従い、甲野弁護士を本件仮処分事件の債務者(原告)代理人に選任した。甲野弁護士は、同月二七日、輔佐人に選任した乙山弁理士とともにアゼラスチン原末に関する初めての打合せ会を持ち、その場で製法Bを知って説明を受け、これは本件特許権の侵害を構成しないものであり勝訴できるとの見通しを確認し、答弁書を作成して八月一日の第一回審尋期日に提出した。もとより被告と乙山弁理士との間においては、それ以前から製法Bが本件特許権の侵害とならないことの検討はされていた。

ところが、その後、原告から、製法Bによる原末の被告からの買入れは行わないことにしたい旨の申入れがあったので、被告は、やむをえないと回答した。そこで、甲野弁護士は、前記のとおりの訴訟委任の趣旨に基づき、原告が後続する他の製薬各社及び被告や市川化学研究所と共同歩調をとることをやめるのであれば即座に債務者代理人を辞任すべきであると考え、原告の意思確認の必要を感じて連絡を取ったところ、原告から製法Bについての訴訟での見通しを質問され、勝訴できると思っている旨を伝え、また、原告が降りることになれば同一原末の供給を受ける各社の訴訟上、裁判所に悪い印象を与えるであろうことにも言及した。甲野弁護士がこのことに言及したのは前記訴訟委任の合意内容から当然のことであり、いわば原告は自らの訴訟委任の合意内容につき念を押されたものなのであって、このことに何らかの被告への帰責事由を見出すことは困難である。

原告は、右言及の際、甲野弁護士から「サカイ薬品(被告)が沢井(原告)を提訴することにもなりかねない。」とも言われたと主張するが、被告側から取引を白紙に戻そうと述べている状況の中で右のような発言をすることはありえない。

(三) 原告は、本件仮処分事件の債務者である原告の代理人及び輔佐人であった甲野弁護士らの言動を、いずれも原告自身の代理人及び輔佐人としての言動ではなく被告側の立場から原告に対処する言動として取り上げ、それ故に甲野弁護士らの言動は被告の責任に帰するものとしている。

しかし、甲野弁護士らが本件仮処分事件に関連して原告との間でした言動は、すべて債務者である原告の代理人及び輔佐人の立場で原告のためにその専門職能上の見解・言動をとったものであることは当然であり、もとよりその専門職能上の見解・言動の妥当性を問われることはありうるが、それは原告と甲野弁護士らとの間の問題なのである。

甲野弁護士らが原告との間でした本件仮処分事件に関連する言動の責任を被告に帰することができるのは、<1>甲野弁護士らが原告の代理人及び輔佐人であることを自覚せず、被告の利益のために原告に不利益になることを知って当該言動をし、<2>かつ、そのような甲野弁護士らの言動が被告の指示・命令のもとになされた場合であるが、本件ではいずれも当てはまらない。

3 本件原末供給契約の締結によって原告が損害を被ったとの主張は、被告の供給したアゼラスチン原末の製法が製法Bであり、製法Bは本件特許権を侵害するものである、との前提に立つものであるが、その前提を欠くものである。

二  争点2(被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対し賠償すべき損害の額)について

【原告の主張】

原告は、前記被告の不法行為により、以下のとおり損害を被った。

1 逸失利益 一億円

被告の不法行為がなければ、原告は、別の原末供給業者である深幸薬業から原末を購入し、エトラプチン錠1を平成六年九月から将来にわたって継続して製造、販売することができたから、将来にわたる不確定な部分があることや、中間利息の控除を考慮しても、原告が得ることのできたはずの利益(純益)は、一億円を下回ることはない(甲一六)。

なお、被告から供給を受けたアゼラスチン原末はきわめて高額であったため、原告が平成六年九月から平成七年四月までの間の八か月間にこれを使用して製造したエトラプチン錠1の製造販売によって得た利益はない。

2 本件和解により取り下げた製造承認を取得するために要した費用 二六四八万円

後発品であっても、その製造承認取得のためには、一品目当たり二ないし三年、三〇〇〇万ないし五〇〇〇万円程度の時間と費用がかかる(甲一五)。

本件のエトラプチン錠1について原告が要した費用は、二六五二万四四三〇円である(甲一四)から、その範囲内で二六四八万円の支払を求めるものである。

3 エーザイとの間の本件和解に伴って生じた損害 二〇〇〇万円

エーザイとの間の本件和解により、原告が同社に支払った解決金は五〇〇万円である(甲四)。また、原告は、本件和解に基づきエトラプチン錠1の仕掛品を廃棄したが(甲一三)、その原末を深幸薬業から購入した価格は一三五〇万円であり(甲一九の1・2)、その製剤化費用は一五〇万円を下らない(エトラプチン錠1の製剤、包装費用は一錠当たり二円であるが〔甲一六〕、右廃棄した仕掛品〔原末一・五kg、一五〇万錠相当〕は包装前のものであるので、一錠当たりの包装費〇・五六円〔甲一六資料6〕を除くと、一錠当たり一・四円以上となるから、右仕掛品の製造費は約二一〇万円となる)。

4 弁護士費用 一四六四万八〇〇〇円

本件訴訟の提起、追行に関する弁護士費用(着手金及び報酬)は、右1ないし3の合計金額一億四六四八万円の一割相当額である一四六四万八〇〇〇円が相当である。

【被告の主張】

原告の主張は争う。

第四  争点に対する判断

一  争点1(本件原末供給契約の締結に至る被告の一連の行為は、原告に対する不法行為を構成するか)について

1  前記第二の一「基礎となる事実」並びに証拠(甲一、二の1・2、三、四ないし六、八ないし一〇、一一の1~4、一二の1・2、一三、一七、二〇ないし二二、乙一ないし五、六の1~4、七、証人八久義雄)及び弁論の全趣旨によれば、次の(一)ないし(一〇)の各事実が認められる。

(一) 原告は、いわゆる後発医薬品メーカーであり、既に効果と安全性の認められた医薬品の後発医薬品(ジェネリック)を製造、販売しているところ、エーザイが本件特許権の専用実施権に基づき販売している塩酸アゼラスチン製剤「アゼプチン」が杉花粉症を中心とした鼻炎の薬として売行きが好調であることから、その後発医薬品である塩酸アゼラスチン製剤を安定的に製造、販売することを計画し、平成五年末頃から塩酸アゼラスチン原末の供給業者の検討に入るとともに、平成六年三月一五日、塩酸アゼラスチン製剤エトラプチン錠1の製造承認を取得した。

原告に対して、原末供給業者の被告のほか、原告と取引関係の多い深幸薬業(株式会社三洋化学研究所製造のもの)、東亜紡織株式会社からも原末の売込みがあったが、東亜紡織株式会社からの売込みは途中で立ち消えになった。

(二) 原告は、被告とは従前長い取引関係があり、いわゆる製法特許の対象物である原末についても、その製法の開示を受けることなく供給を受けたこともあり、被告から供給を受けた原末を主成分とする製剤の製造販売について特許権者からいわゆる侵害差止めの本案訴訟又は仮処分を提起された際は、被告の指示に従い、甲野弁護士らを原告の代理人・輔佐人に選任していた。そして、被告から製法の開示を受けることなく原末の供給を受けている後発医薬品メーカーが複数相手方とされたときは、訴訟委任契約書において、原告は、訴訟係属中は被告以外の者から原末の供給を受けないこと、他の後発医薬品メーカーとの協力関係、共同歩調を乱すおそれのある行動をしないことなどを合意していた。また、その訴訟等の結果、後発医薬品メーカーが和解金、損害賠償金を支払わなければならない場合は、被告ではなく、当該後発医薬品メーカーが負担するものとされていた。

しかし、原告は、平成六年の段階では、翌平成七年に株式の店頭公開を予定していたこともあって、訴訟問題が生じないように対処すべく社内の体制を整備しており、塩酸アゼラスチンが製法特許たる本件特許権の対象物であることから、原告が塩酸アゼラスチン製剤の製造販売を開始すれば専用実施権者たるエーザイからその差止めを求める本案訴訟の提起又は仮処分の申立てがされることが予想されたため、塩酸アゼラスチン原末の供給を受けるに当たっては、それが本件特許権を侵害しない製法で製造されていることが最重要の条件であると考え、前記売込みのあった深幸薬業及び東亜紡織株式会社からはその塩酸アゼラスチン原末の製法の開示を受けていた。

したがって、原告は、被告に対しても原末の製法の開示を受けることが契約締結の条件である旨を伝えてあり、平成六年二月二四日に原告(次長、課長代理、特許担当者)と被告(代表取締役、営業部長、大阪営業所長)が交渉した際も、原告側は、原末の製法の開示を求めたのに対し、被告側は、二、三か月は外国のメーカーから粗アゼラスチンフリー体を化学品として輸入し、精製及び塩酸塩化することとし、その後は国内製造に切り換える予定のところ、製法を開示することについては、輸入先の外国メーカーに問い合わせるので、原告側に開示できるかどうかは三月四日頃までには返答があるであろうが、もし開示できないことになっても本方法は乙山弁理士が一〇〇%訴訟に勝てると言っており、仮に敗訴するようなことがあれば原告の支払うべき損害賠償金や和解金は被告が負担する、製法を開示した場合は、通常の契約条件(原告の支払うべき損害賠償金や和解金は原告が負担する)になるかもしれないと述べた。しかし、原告としては、あくまで製法の開示を求めるという姿勢に変わりはなかった。

(三) 原告・被告間の平成六年三月一九日の交渉において、被告側は原告側に対し、ほかに検討中の方法もある旨告げながら製法Aを開示し、「塩酸アゼラスチンの製造方法の評価」と題し、製法Aは本件特許発明の技術的範囲に属しないから本件特許権を侵害しないとし、理由として、製法Aは本件特許発明とは原料化合物及び処理手段を異にし、均等方法、迂回方法とされるおそれもないとする評価書を手渡した。

それ以降、被告は、原告に対し、製法A以外の製法については一切開示することも示唆することもなく、供給予定の原末が製法A以外の製法で製造されるものである旨告げることも示唆することもなかった。そのため、原告としては、被告の供給する原末の製法は製法Aであり、ほかの検討中の方法というのも、原料化合物及び化学反応という基本的なルートは製法Aと同じであり、ただ条件が若干が異なるという程度であると認識していた。

その後、原告は、被告及び深幸薬業との間で価格等の条件を巡って折衝する一方、被告の供給する原末の製法が製法Aであることを前提に、深幸薬業の開示した製法と比較検討した結果、製法Aの方が予想される特許係争を争う上で無難であるという判断をし、平成六年度の薬価基準収載を目前にして、深幸薬業から強い売込みがあり、また価格は被告の方が高かったにもかかわらず、同年六月末、被告から原末の供給を受ける方針を固め、深幸薬業の売込みを断った。

そして、同年七月六日、被告の大阪営業所長から、原告の次長及び特許担当者宛に、「先刻、Telの件Fax申し上げます。ご査収御一読の上、貴社の評価をおきかせいただければ幸いです。」との送付書により、製法Aは本件特許発明の技術的範囲に属しないとする鑑定人・乙山弁理士名義の同年三月二日付鑑定書が送信されてきた。その鑑定書の内容は、前記評価書の内容とほとんど同一といってよいものであった。

(四) 同年七月八日、原告を含む各後発医薬品メーカーの塩酸アゼラスチン製剤について、一斉に薬価基準が収載された。

同月一四日、原告(代表取締役、特許担当者等)と被告(代表取締役、営業部長等)とが原告の事務所において交渉し、原告側が、被告の開示する製法Aが一番良いので採用したい旨申し入れたところ、被告側は、原末の製法が製法Aでないとか製法Bであるということは全く告げることなく、被告の供給する原末を製造する市川化学研究所が未だ塩酸アゼラスチンの製造承認を受けていないので、中間体であるアゼラスチンを原告に供給し、塩酸アゼラスチンの製造承認を受けている原告において最終原末たる塩酸アゼラスチンを合成することを提案し、原告側は、以上の被告側の一連の行為により被告の原末の製法は製法Aであると確信し、被告の提案を了承した。そして、原告は被告から一kg当たり一六〇〇万円の価格で六か月間に六・六kgの供給を受けるということでほぼ合意に達した。

そこで、被告の大阪営業所長は、同月一九日、原告に対し、<1>原告は、本契約期間中、被告以外からアゼラスチン原末を購入しない、<2>数量は、本契約締結日より六か月間に六・六kgとし、六か月後については、三か月の猶予期間をもって協議の上、数量、価格を決定する、<3>価格は当初分は一g当たり一万六〇〇〇円とする、<4>契約締結後、アゼラスチン原末及び最終原体(塩酸アゼラスチン)に関して特許係争又は訴訟等が生じた場合は、被告は責任を持って弁護士、弁理士の選定を含む必要な処置を講じ、これの解決に当たるものとし、かつ、特許係争又は訴訟等の対応に要する諸経費及び裁判結果により生じる損害賠償金等は被告が負担するものとし、特許係争の処理については原告は被告の同意なく単独で行ってはならず、すべて被告が対処することとする、<5>原告が本契約に違反したときは、被告の要請により、その選定した弁護士・弁理士が原告の代理人を辞任できるものとし、以後その費用については被告は負担しない、<6>原告と被告は、本契約の目的を完遂するため、並びに相互の損害を未然に防ぐため、それぞれ双方の同意なくしてアゼラスチンの売買の中止、塩酸アゼラスチン製剤の中止等、訴訟に不利となることを行ってはならない、との内容の売買契約書の案をファックスで送信した。

(五) ところが一方、被告は、塩酸アゼラスチン原末の製法については、製法Bの企画・開発の早い段階に乙山弁理士から絶対大丈夫(本件特許権を侵害しない)との見解を得ており、市川化学研究所での実験から経済性等の点で他のより有利な方法がない場合には最終的には製法Bで行けるとの確信を持っており、販売促進策として、従前とは異なり、特許補償条項を入れた契約案を示して後発医薬品メーカーに原末を売り込んだ。その結果、平成六年一月二〇日に大正薬品工業株式会社と、同月二四日に長生堂製薬株式会社との間で、原末の製法を開示することなく、一g当たり二万九九五〇円の価格でアゼラスチン原末の売買契約を締結し、その契約条項の中で、原末及び最終原体に関して特許係争又は訴訟等が生じた場合は、被告が責任をもって弁護士・弁理士の選定を含む必要な処置を講じ、特許係争又は訴訟等の対応に要する諸経費及び裁判結果により生じる損害賠償金等を被告の利益の範囲内において負担する旨を合意した。その後、被告は、更に他の三社との間でも、製法を開示することなく、アゼラスチン原末の売買契約を締結した。

そして、市川化学研究所は、遅くとも同年六月六日には、製法Bによってアゼラスチン原末の製造を開始した。

(六) 平成六年七月後半、エーザイは、原告を債務者として、エトラプチン錠1の製造方法が本件特許発明の技術的範囲に属すると主張して、その専用実施権に基づき、エトラプチン錠1の製造販売の差止めを求める本件仮処分事件の申立てをした。原告は、被告との間での正式の売買契約書作成の前ではあったが、前記(四)のとおりほぼ合意に達していたので、被告に連絡し、被告の指示に従って、被告が実質的に選任した甲野弁護士に対する委任状に捺印し、甲野弁護士は、やはり被告が実質的に選任した乙山弁理士を輔佐人に選任した。しかし、従前のような訴訟委任契約書は作成されなかった。

被告は、同月二七日、甲野弁護士を加えて検討会を行い、製法Bを開示した答弁書を提出することになった。同年八月一日の本件仮処分事件の第一回審尋期日において、甲野弁護士らは、その内容について事前に原告に一切相談することなく作成した答弁書を提出した。その答弁書では、原告が使用する予定の塩酸アゼラスチンは、市川化学研究所が製法Bによって製造したアゼラスチンを、原告が購入して更に塩酸アゼラスチンとするものであることが開示されていた。

原告は、当日、答弁書の写しを渡されて初めて、原告が被告から供給を受ける予定のアゼラスチンが製法Bによって製造されるものであることを知った。原告としては、もし当初から原末の製法が製法Bであることを開示されていれば被告の原末を採用することはなく、価格の安い深幸薬業の原末を採用していたところであった。

(七) そこで、同年八月五日、原告は、被告に対し原末の製法が開示されていた製法Aと異なることを理由に原末の供給契約を白紙に戻したい旨伝えたが、被告代表取締役らが、製法Bで勝てると思っている、原告だけでなく、同じ原末で数社がいろいろな裁判所で争っており、原告が降りることになればほかの裁判について裁判所に極めて悪い印象を与えるので、今原告が降りるというようなことになれば被告から原告を提訴するようなことになりかねない旨話し、甲野弁護士からも、原告の特許担当者に対し、「サカイ薬品(被告)からはこの製法しか聞いていない。この方法で勝てると思っている。今、沢井(原告)側が降りることになれば、同じサカイ薬品原末で争っている他の訴訟上、裁判所に極めて悪い印象を与えてしまうことになる。」との話しがあり、また、薬価基準収載を受けた製薬会社は三か月以内に供給を開始しなければならず、供給を開始しなければ薬価基準から削除され、次回以降の後発医薬品の薬価基準収載が受けられないという不利益を受けるのに、後発医薬品メーカー各社が塩酸アゼラスチン製剤につき薬価基準収載を受け、各原末供給業者が既に塩酸アゼラスチン原末を供給する相手先の後発医薬品メーカーを決定してしまっている段階に至って、被告以外の原末供給業者から塩酸アゼラスチン原末の供給を受けることは実際上不可能であり(現に、前記のとおり同年六月末に売込みを断った深幸薬業に改めて原末の供給を打診したが、断られた)、被告から原末の供給を受けなければ三か月以内にエトラプチン錠1の供給を開始することはできないため、やむなく、被告から製法Bによって製造されるアゼラスチン原末の供給を受けることを決定し、同月八日、被告との間で、被告からアゼラスチン原末を一g当たり一万六〇〇〇円の価格で六か月間に六・六kg購入する旨の売買契約書を正式に取り交わし(日付は、被告の意向で同月二日付とした)、本件原末供給契約を締結した。その内容は、前記(四)の被告大阪営業所長が送信した売買契約書の案とほぼ同文である。

なお、右三か月以内の供給開始義務について、日本製薬団体連合会の後発品薬価基準収載申請会社宛の平成六年六月一三日付「後発品の薬価基準収載に係るヒアリング等について」と題する書面(甲二二)には、「収載された医薬品についての厳守事項について」として、「収載された医薬品については、次の条件を厳守して下さい。製薬企業は、原則として薬価基準収載後三か月以内に供給を開始することとされており、不測の事故又は正当な理由がある場合を除き、三か月以内に生産及び出庫ができない場合は、当該会社に係る次回以降の後発品収載は行わないこと。(2)なお、当該品目については、六か月間の経過の後、薬価基準から削除する予定であること。」、「後発品(薬価基準収載品目)の安定供給」として、「最近、先発会社(先発品)との間でたびたび特許係争問題が生じていますが、後発品の収載申請会社は、将来も含め医薬品の安定供給が可能と思われる品目について収載申請手続きをとります。」と記載されている。

(八) 原告は、本件原末供給契約に従い、被告からアゼラスチンを六・六kg全量の納入を受け、同年一〇月には代金の決済も完了したが、本件仮処分事件の審尋期日が同年八月以降重ねられる中で、エトラプチン錠1の製造販売を差し止める旨の仮処分命令を受ける危険性が高いと判断するようになり、平成七年一月頃から原末の供給元を変更すべく、再び深幸薬業に原末の供給を依頼して交渉を始めた。

同年一月三一日の審尋期日の経過では、審尋の終結も近く、裁判所の心証も原告に不利ではないかと感じられたので、原告は、二、三日後、被告に対し原末の供給元を変更したい旨申し入れたが、被告は、まだ審尋が終結されるような状況ではなく、急いで乗り換えるような状況ではないと強く述べた。

同年三月二〇日の審尋期日の終了後、甲野弁護士は、原告の特許担当者に対し、このまま仮処分事件の決定をもらうのはちょっとリスクが大きすぎるから、製造販売をやめる方向で和解をした方がよいのではないかと話した。原告としては、エトラプチン錠1を安定して製造、販売したいと考えて被告から原末の供給を受けることにしたのであって、製造販売をやめることはできなかったので、深幸薬業から原末の供給を受けることを決断し、更に交渉した結果、ようやくその承諾を得た。

そこで、同年四月一七日、原告と被告は、「原告と被告は、両社間の本件原末供給契約を本日をもって合意解除することに合意した。なお、最終納入となった平成六年九月六日のアゼラスチン原末の代金決済は同年一〇月三一日に終了している。」旨記載しただけの「売買契約の合意解除に関する合意書」を取り交わして本件原末供給契約を合意解除した。そして、原告は、同日(平成七年四月一七日)、甲野弁護士に対し、裁判所に原末の供給元を変更する旨の上申書を提出するよう依頼した。甲野弁護士は、同月二七日、右上申書とともに本件仮処分事件における原告の代理人を辞任する旨の辞任届を大阪地方裁判所に提出した。

この間、原告は、同年四月二〇日、深幸薬業及び三洋化学研究所との間で、原告は深幸薬業から、三洋化学研究所の開発した製造方法によって製造した塩酸アゼラスチン原末を一kg当たり九〇〇万円の価格で、毎月最低五〇〇g買い受ける旨の契約を締結し、同月二四日、深幸薬業から塩酸アゼラスチン原末一・五kgを一三五〇万円で購入し、納品を受けた。

(九) 原告は、新たに本件仮処分事件における代理人として本件原告訴訟代理人の新保克芳弁護士(以下「新保弁護士」という)を選任し、同弁護士は、エーザイの代理人に対し、原末供給元を被告から深幸産業に切り換えることを前提に、今後の手続を、深幸薬業から供給された原末を主成分として塩酸アゼラスチン製剤を製造、販売していた東和薬品株式会社に対してエーザイが同じく大阪地方裁判所に申し立てていた別件の仮処分申立事件と並行して進めたい旨申し入れたが、本件仮処分事件の審尋が事実上終結し、仮処分命令が発令されることが確実なこの段階で原末の供給元を変更するのは、受け入れ難く、和解をするのであれば、エトラプチン錠1の製造販売の中止、製造承認の取下げ、損害賠償の支払が絶対条件であるとの返答があった。原告は、代表取締役名義の平成七年五月一二日付申入書により、被告との本件原末供給契約は合意解除となったので、三洋化学研究所製造の塩酸アゼラスチン原末に乗り換えて訴訟を継続する所存であったが、本製品の事業に関しては将来的な展望がないから和解を希望するとして、原告としてはエトラプチン錠1の製造承認を取り下げ、今後は製造、販売しないことを考えており、被告から購入した原末は全部で六・六kg、製造した製剤は約六〇〇万錠、販売数量は約五六〇万錠、平均単価は約一八円で、本件事業は赤字になっているので損害賠償請求は容赦願いたい、なお、既に三洋化学研究所から購入した塩酸アゼラスチン原末一・五kgを製剤化して近く販売を終了する予定であるが、この分については別途容認してほしい旨申し入れた。

同年五月一六日の審尋期日においても、エーザイの代理人の対応に変わりはなく、担当裁判官も、審理がほぼ終了するに至ったこの段階で原末の供給元を変更するというのは、仮処分事件の債務者の対応としていかがなものであろうか、との意見であった。新保弁護士は、次回審尋期日の六月一日までに和解ができなければエーザイの申立てを認める仮処分命令が発令されることは必至と判断したが、原告としては、株式の店頭公開を控え、そのような事態は何としても避けたいところであった。そのため、原告は、やむなく、その六月一日の審尋期日において、エーザイとの間で、前記第二の一4のとおり、<1>原告は、エトラプチン錠1の製造、販売又は譲渡を直ちに中止し、以後これを製造、販売又は譲渡しない、<2>原告は、エトラプチン錠1の薬価基準収載及び製造承認を直ちに取り下げる、<3>原告は、その占有するエトラプチン錠1並びにその半製品、仕掛品及び原料(塩酸アゼラスチン及びアゼラスチン)を、エーザイの立会いの下ですべて廃棄する、<4>原告は、エーザイに対し解決金として、同月末日限り金五〇〇万円を支払う、<5>原告において右<1>ないし<3>の各義務を遅滞なく履行したときは、エーザイは原告がエトラプチン錠1を製造、販売したことに関し、右<4>の解決金を超える損害賠償請求権を放棄する等の内容からなる本件和解を成立させ、これを履行した。右<3>の廃棄については、原告は、同月一五日、深幸薬業から購入したアゼラズチン原末で製剤したエトラプチン錠1一四三・五九kgをエーザイに引き渡し、エーザイは、同月二三日、これを焼却処理した。

(一〇) エーザイは、被告からアゼラスチン原末の供給を受けていた原告以外の製薬会社に対しても、その製剤の製造販売の差止めを求める仮処分事件の申立てをしていたが、これらについては、いずれも仮処分命令が発令され、仮処分命令発令を免れた会社も、原告とほぼ同内容で和解している。

他方、前記のとおり東和薬品株式会社に対してエーザイが大阪地方裁判所に申し立てていた別件の仮処分申立事件については、平成八年一二月二四日、エーザイの申立てを却下する決定がなされた。

以上(一)ないし(一〇)の認定に反する被告の主張、立証は、前掲各証拠に照らし、採用することができない。

2  右1認定の事実によれば、(1)原告は、売行きの好調な塩酸アゼラスチン製剤アゼプチンの後発医薬品であるエトラプチン錠1を安定的に製造、販売するべく、平成六年三月一五日にその製造承認を取得したが、その製造販売を開始すれば本件特許権の専用実施権者たるエーザイから差止めを求める訴訟等が提起されることが予想されたため、塩酸アゼラスチン原末の供給を受けるに当たっては本件特許権を侵害しない製法で製造されていることが最重要分条件であると考え、原末の売込みのあった被告に対して原末の製法の開示を受けることが契約締結の条件である旨を伝えてあったところ、(2)被告は、早い時期から塩酸アゼラスチン原末の製法については経済性等の点で他のより有利な方法がない場合には最終的には製法Bで行けるとの確信を持っており、平成六年一月には他の後発医薬品メーカー二社との間で製法を開示することなく原末供給契約を締結して、遅くとも同年六月六日には関連会社で製法Bによってアゼラスチン原末の製造を開始していたのであって、同年一月には既に、採用する可能性の最も高い製法として製法Bを考えていて、現実問題として製法Aで製造することは考えていなかったにもかかわらず、原告に対して、同年二月二四日の交渉において、原告から原末の製法の開示を求められたのに対し、当初は外国メーカーから中間体を輸入するようなことを述べ、同年三月一九日の交渉において、ほかに検討中の方法もある旨告げながら製法Aを開示し、製法Aは本件特許発明の技術的範囲に属しないとする評価書を手渡し、それ以降、製法A以外の製法については一切開示することも示唆することもなく、供給予定の原末が製法A以外の製法で製造されるものである旨告げることも示唆することもなく、これによって、被告の供給する原末の製法は基本的に製法Aであると認識した原告をして、深幸薬業の開示した製法による原末を採用せず被告の製法Aによる原末を採用するとの判断に至らせ、更に、同年七月六日には右評価書とほとんど同一内容の鑑定人・乙山弁理士名義の鑑定書を送信し、同月一四日に原告が被告の開示する製法Aが一番良いので採用したい旨申し入れたのに対しても原末の製法が製法Aでないとか製法Bであるということは全く告げることなく、原告に塩酸アゼラスチンではなく中間体のアゼラスチンを供給することを提案し、以上のような一連の行為によって被告の製法は製法Aであると確信させ、本件原末供給契約につきほぼ合意に導いた上、同月一九日に売買契約書案を送付し、本件仮処分事件の申立てを受けて実質的に被告の選任した甲野弁護士ら作成の答弁書の写しの交付という形で、同年八月一日に原末の製法が製法Bであることを開示したが、(3)原告としては、いったんは製法が開示されていた製法Aと異なることを理由に契約を白紙に戻したい旨伝えたものの、被告代表取締役らが、製法Bで勝てると思っている、原告だけでなく、同じ原末で数社がいろいろな裁判所で争っており、原告が降りることになればほかの裁判について裁判所に極めて悪い印象を与えるので、今原告が降りるというようなことになれば被告から原告を提訴するようなことになりかねない旨告げられ、甲野弁護士からも、原告の特許担当者に対し、「サカイ薬品(被告)からはこの製法しか聞いていない。この方法で勝てると思っている。今、沢井(原告)側が降りることになれば、同じサカイ薬品原末で争っている他の訴訟上、裁判所に極めて悪い印象を与えてしまうことになる。」と告げられ、また、既に同年七月八日には原告を含む後発医薬品メーカーの塩酸アゼラスチン製剤について一斉に薬価基準が収載されており、三か月以内にエトラプチン錠1の供給を開始しなければ薬価基準から削除され、次回以降の後発医薬品につき薬価基準収載が受けられないという不利益を受けるのに、各原末供給業者が既に塩酸アゼラスチン原末を供給する相手先の後発医薬品メーカーを決定してしまっている段階において、被告以外の原末供給業者から塩酸アゼラスチン原末の供給を受けることは実際上不可能であり、現に被告の原末を採用すると判断した段階で売込みを断った深幸薬業に改めて原末の供給を打診したが断られ、被告から原末の供給を受けなければ三か月以内にエトラプチン錠1の供給を開始することはできないため、やむなく、被告から製法Bによって製造されるアゼラスチン原末の供給を受けることを決定し、同年八月八日、被告との間で、前記の売買契約書案とほぼ同文の売買契約書を正式に取り交わして本件原末供給契約を締結したのであり、(4)その結果、原告は、本件仮処分事件の審尋期日が同年八月以降重ねられる中で、エトラプチン錠1の製造販売を差し止める旨の仮処分命令を受ける危険性が高いと判断するようになり、平成七年三月二〇日の審尋期日の終了後に至って、甲野弁護士から、原告の特許担当者に対し、このまま仮処分事件の決定をもらうのはちょっとリスクが大きすぎるから、製造販売をやめる方向で和解をした方がよいのではないかとの話があったので、既に同年一月頃から再び交渉を始めていた深幸薬業から原末の供給を受けることの承諾を得、同年四月一七日被告との間で本件原末供給契約を合意解除した上、新たに本件仮処分事件における代理人に選任した新保弁護士を通じて、エーザイの代理人に対し、今後の手続を、深幸薬業の原末により塩酸アゼラスチン製剤を製造、販売していた東和薬品株式会社に対する別件の仮処分申立事件と並行して進めたい旨申し入れたものの、本件仮処分事件の審尋が事実上終結し、仮処分命令が発令されることが確実なこの段階で原末の供給元を変更するのは、受け入れ難く、和解をするのであれば、エトラプチン錠1の製造販売の中止、製造承認の取下げ、損害賠償の支払が絶対条件であるとの返答があったので、原告は、原告によるエトラプチン錠1の製造承認の取下げ、製造販売の停止、エーザイの損害賠償請求の放棄、原告が三洋化学研究所(深幸薬業)から購入した塩酸アゼラスチン原末による製剤の販売の容認等を内容とする和解を申し入れ、同年五月一六日の審尋期日においても、エーザイの代理人の対応に変わりはなく、担当裁判官も、審理がほぼ終了するに至ったこの段階で原末の供給元を変更するというのは、仮処分事件の債務者の対応としていかがなものであろうか、との意見であったため、新保弁護士は、次回審尋期日の六月一日までに和解ができなければエーザイの申立てを認める仮処分命令が発令されることは必至と判断し、原告としては、株式の店頭公開を控え、そのような事態は何としても避けたいところであったことから、やむなく、その六月一日の審尋期日において、エーザイとの間で本件和解を成立させ、これによって損害を被ったものであり、(5)原告としては、もし当初から原末の製法が製法Bであることを開示されていれば、被告の原末を採用することはなく、価格の安い深幸薬業の原末を採用していたのであり、そうしていれば、エーザイが被告からアゼラスチン原末の供給を受けていた原告以外の製薬会社に対してその製剤の製造販売の差止めを求めた仮処分事件については、いずれも仮処分命令が発令され、仮処分命令発令を免れた会社も、原告とほぼ同内容で和解しているのに対し、深幸薬業の原末により塩酸アゼラスチン製剤を製造、販売していた東和薬品株式会社に対する別件の仮処分申立事件については、申立てを却下する決定がなされたから、本件和解を成立させることもなく、損害を被ることもなかった、というのであって、被告は、当初より被告から原末の供給を受けるについては製法の開示を受けることが契約締結の条件である旨原告から伝えられており、したがって、そのことを認識しておりながら、早くから採用する可能性が最も高いと考えていた製法Bを秘匿し、現実問題として採用する考えのない製法Aを開示し、製法Aは本件特許発明の技術的範囲に属しないとする評価書を手渡し、それ以降、製法A以外の製法については一切開示することも示唆することもなく、供給予定の原末が製法A以外の製法で製造されるものである旨告げることも示唆することもなく、これによって、被告の供給する原末の製法は基本的に製法Aであると認識した原告をして、深幸薬業の開示した製法による原末を採用せず被告の製法Aによる原末を採用するとの判断に至らせ、更に、右評価書とほとんど同一内容の鑑定人・乙山弁理士名義の鑑定書を送信し、原告が被告の開示する製法Aが一番良いので採用したい旨申し入れたのに対しても原末の製法が製法Aでないとか製法Bであるということは全く告げることなく、原告に塩酸アゼラスチンではなく中間体のアゼラスチンを供給することを提案し、以上のような一連の行為によって被告の製法は製法Aであると確信させ、本件原末供給契約につきほぼ合意に導いた上、本件仮処分事件における答弁書の写しの交付という形で原末の製法が製法Bであることを開示した後に、原告をして本件原末供給契約を締結せざるをえない状況に追い込んで、やむなく本件原末供給契約を締結せしめて損害を被らせたというべきであり、かかる被告の行為は、商取引において信義則上許される範囲を逸脱した違法な行為というべきであり、被告が製法Bを秘匿した真の理由が何であるかは本件全証拠によるも不明といわざるをえないが、右の行為については被告に少なくとも故意に匹敵する重大な過失があり、原告に対する不法行為を構成するというべきである。

3  これに対し、被告は、不法行為の成立を否認し、原告が本件原末供給契約を締結したのは、本件仮処分事件の自らの代理人及び輔佐人である甲野弁護士らの製法Bで勝てるとの意見も参照した上で、本件原末供給契約の各条項に示されている被告の権限と責任に委ねるとした原告自らの経営政策上の判断によるものであって、被告の責任に帰すべきものではない旨主張するが、その理由とするところは、以下のとおりいずれも失当というべきである。

(一) 被告は、本件原末供給契約締結に至る交渉過程において、原末の製法については被告は複数用意しており、そのうちのどの製法を選択し、どの製法に変更するかなどの点については被告が権限と責任を持つものであることが了解されていたから、原告は、製法Aを被告の唯一不変の製法であると認識していたわけではなく、まして製法Aに基づく原末のみを買い入れるとの認識もなかったと主張する。

確かに本件原末供給契約の契約書では、被告の提供するアゼラスチン原末の製法が特定されているわけではなく、アゼラスチン原末及び最終原体(塩酸アゼラスチン)に関して特許係争又は訴訟等が生じた場合は、被告は責任を持って弁護士、弁理士の選定を含む必要な処置を講じ、これの解決に当たるものとし、かつ、特許係争又は訴訟等の対応に要する諸経費及び裁判結果により生じる損害賠償金等は被告が負担するものとし、特許係争の処理については原告は被告の同意なく単独で行ってはならず、すべて被告が対処することとするとの条項が定められてはいるが、前認定のとおり、原告は、塩酸アゼラスチン原末の供給を受けるに当たっては本件特許権を侵害しない製法で製造されていることが最重要の条件であると考え、被告に対して原末の製法の開示を受けることが契約締結の条件である旨伝え、したがって、被告は、そのことを認識しておりながら、製法Aを唯一開示し、製法Aは本件特許発明の技術的範囲に属しないとする評価書を手渡し、それ以降、製法A以外の製法については一切開示することも示唆することもなく、供給予定の原末が製法A以外の製法で製造されるものである旨告げることも示唆することもなく、更に、右評価書とほとんど同一内容の鑑定人・乙山弁理士名義の鑑定書を送信し、原告が被告の開示する製法Aが一番良いので採用したい旨申し入れたのに対しても原末の製法が製法Aでないとか製法Bであるということは全く告げることなく、原告に塩酸アゼラスチンではなく中間体のアゼラスチンを供給することを提案し、被告のこれら一連の行為によって、原告は、被告の供給する原末の製法は製法Aであると信じていたのであり、しかも、右のような被告の言動に照らせば原告がこのように信じるのも無理からぬところというべきである。右のようにアゼラスチン原末及び最終原体(塩酸アゼラスチン)に関して特許係争又は訴訟等が生じた場合は、被告は責任を持って弁護士、弁理士の選定を含む必要な処置を講じ、これの解決に当たるものとし、かつ、特許係争又は訴訟等の対応に要する諸経費及び裁判結果により生じる損害賠償金等は被告が負担するものとする等の条項が定められてはいるが、民事訴訟とはいえ特許権を侵害したものとされることは、企業にとって不名誉なことであり、社会的信用が低下し、右のような諸経費や損害賠償金等の被告による負担によっては賄えない損害を被るものと推認され、原末を買い入れる製薬会社としても、原末供給業者任せにするのではなく原末の供給業者が採用しているという製法を自らも検討して特許権を侵害しないことを確認した上で契約を締結しようとすることは自然なことであり、それ故原告は被告に原末の製法の開示を求めているのであるから、右のような契約条項があるからといって、直ちに原告が原末の製法の選択を含めすべてを被告に委ねたということにはならない(もちろん、原末の製法の選択を含めすべて被告に委ねるという選択も、企業の一つの選択としてありうるが、原告はそのような選択はしなかったのである)。

被告は、被告が製法Bを早い時期に原告に開示しなかったのは、製法Bによれば特許権侵害はありえないとの確信があり、それ故に被告が責任を持つことを約しても問題はないと考えており、他方でこの製法Bが特許権侵害を構成しないとの認識は被告のみが有するノウハウであり、原告に早期に開示してしまうと、原告が被告以外からこの方法によって原末の供給を受ける体制づくりをすることも可能となり、価格折衝等において不利となるおそれがあるなどの商取引上の考慮があったからであると主張する。しかし、商取引上の考慮から特許権侵害はありえないとの確信のある製法を開示できないというのであれば、原告があくまで原末の製法の開示を求めているのに対して、製法は開示できない旨述べて拒絶すればよいのであり、早くから採用する可能性が最も高いと考えていた製法Bを秘匿して現実問題として採用する考えのない製法Aを開示し、製法Aが本件特許発明の技術的範囲に属しないとする評価書、更には弁理士名義の鑑定書まで提示するようなことを正当化することはできない。被告が製法を開示しなかった結果、原告が契約締結に応じないとすれば、双方の条件が折り合わないものとして仕方のないところである。

被告は、本件仮処分事件の第一回審尋期日である平成六年八月一日における製法Bの開示後も、原告は、一度は白紙に戻したい旨の申入れをしたものの、被告の選択した製法Bに委ね、本件原末供給契約の締結とその履行に至ったのであり、原告が製法B以外の製法に固執するのであれば、それ以外の製法に基づく契約の締結を求め、全面的な契約条項案の修正を求めえたのに、そのような選択をしなかったのであるとも主張するが、原告と被告は既に同年七月一四日に本件原末供給契約につきほぼ合意に達していたのであり、八月一日の時点で被告の主張するような全面的な契約条項案の修正を被告が受け入れるとは考えられないのみならず、被告代表取締役らは、製法Bで勝てると思っている、原告だけでなく、同じ原末で数社がいろいろな裁判所で争っており、原告が降りることになればほかの裁判について裁判所に極めて悪い印象を与えるので、今原告が降りるというようなことになれば被告から原告を提訴するようなことになりかねないとまで告げて契約の締結を迫ったのであり、甲野弁護士も、原告の特許担当者に対し、「サカイ薬品(被告)からはこの製法しか聞いていない。この方法で勝てると思っている。今、沢井(原告)側が降りることになれば、同じサカイ薬品原末で争っている他の訴訟上、裁判所に極めて悪い印象を与えてしまうことになる。」と告げたのであって、原告としては前認定のような事情でやむなく本件原末供給契約の締結に応じたのである。

(二) 被告は、特許係争が予想される場合であっても、契約締結前に取引の相手方に対し必ずしも製法を開示しなければならないとするような商慣習も信義則もなく、他方、取引の相手方は開示がなければ取引関係に入らなければよいという自由を保持するのである旨主張するところ、右主張の限度ではそのとおりであるが、被告は、単に製法を開示しなかったというのではなく、前示のとおり早くから採用する可能性が最も高いと考えていた製法Bを秘匿して現実問題として採用する考えのない製法Aを開示し、製法Aが本件特許発明の技術的範囲に属しないとする評価書、更には弁理士名義の鑑定書まで提示しているのであって、商取引において信義則上許される範囲を逸脱した違法な行為というべきなのである。

被告は、本件原末供給契約の交渉過程においても、被告は、複数の製法を考慮中であるが開示できないこと、いずれの製法によっても勝訴の確信があるので、仮に敗訴や和解で終了した場合はこれによる損害賠償金ないし和解金は被告が負担する条件でよい旨を申し出ていたのであり、そして、被告は、原告の製法開示要求に対し、勝訴できるという確信を持つ根拠を示すために一つの製法である製法Aを開示して安全性の立証資料とし、原告は、製法の選択を含む特許対策のすべてを被告に委ね、その権限と責任の下に行うことに同意し、本件原末供給契約を締結した旨主張するが、前記認定事実に反する主張であり、これを認めるに足りる証拠はない。

(三) 被告は、被告が原告をして本件原末供給契約を締結せざるをえない状況に追い込んで、やむなく本件原末供給契約を締結せしめたとする点について、まず、原告・被告間に原末供給契約が締結されていない以上、原告は他の原末供給業者との取引の自由を有しているのであり、原告がその自由を実質的に保持するための他の業者との関係を維持していなかったとすれば、それは、原告の経営上の判断の問題であって、被告に責任を転嫁するのは筋違いである旨主張するが、仮に原告が被告との契約交渉と並行して他の原末供給業者との交渉を継続していたとしても、本件原末供給契約につきほぼ合意に達した平成六年七月一四日の時点ではその業者との交渉を打ち切らざるをえなかったと考えられ、したがって、同年八月一日に製法Bを開示された時点では、やはり原告は被告との間で本件原末供給契約を締結せざせるをえなかったものと認められるから、被告の責任は免れないというべきである。

被告は、原告が他の供給業者に変更することができなかったというのは、早急にかつ大量に供給することを前提とした商取引上の問題であり、営利企業の特定の経営判断の問題であるのに対し、薬価基準収載に基づく三か月以内の供給義務は、全くレベルの異なる別個の問題であり、医療政策との関連で医療機関に対する最小限度の供給を問題とするのであり、また、事例に応じた例外(不測の事故又は正当な理由がある場合)があるのであるから、同一視することはできないし、更に仮に他の供給業者へ変更することができなかったとしても、被告との間で必要最小限度の量の供給のための契約のみを締結することも一案であったのであり、六か月間の大量販売のための供給契約を不可避としたとの結論に導くのは不当である旨主張する。そして、三か月以内の供給義務との関係での必要最小限度の量の供給という点については、乙第六号証の1(被告の元代表取締役で現清算人の陳述書)には、供給義務を履行したことの証明資料として届出書に添付するのは二、三か所、多くても五、六か所の病院への納品受領書でよく、一か所一〇〇〇錠として五〇〇〇錠、塩酸アゼラスチン原末に換算して五gで足りる旨記載されているが、平成六年八月一日の時点で既に、本件仮処分事件において実質的に被告の選任した原告の代理人・輔佐人である甲野弁護士ら作成の答弁書により、原告が使用する予定の塩酸アゼラスチンは、市川化学研究所が製法Bによって製造したアゼラスチンを原告が購入して更に塩酸アゼラスチンとするものであることが裁判所及び相手方であるエーザイに対して開示されているのに、右被告の主張に従えば、その後に、債務者としての原告の答弁を、実は市川化学研究所ではなく他の供給業者から、しかも三か月以内の供給義務を果たす限度の量の供給を受ける契約をしたが、その後についてはどうするか考慮中であるとか(原告が他の供給業者と契約をした場合)、市川化学研究所から供給を受けるのは三か月以内の供給義務を果たす限度の量であり、その後については別の供給業者を探している(原告が被告と被告のいう必要最小限度の量について契約をした場合)というような答弁に変更することになり、債務者の対応として不誠実な印象を裁判所及び相手方に与えるのみならず、既に同年七月一四日には原告は被告から一kg当たり一六〇〇万円の価格で六か月間に六・六Kgの供給を受けるという本件原末供給契約の内容でほぼ合意に達していたのであり、八月一日の時点で被告の主張するような微量の供給契約に変更することについては当然被告の強い抵抗が予想されただけでなく、何よりも、被告代表取締役らは、製法Bで勝てると思っている、原告だけでなく、同じ原末で数社がいろいろな裁判所で争っており、原告が降りることになればほかの裁判について裁判所に極めて悪い印象を与えるので、今原告が降りるというようなことになれば被告から原告を提訴するようなことになりかねないとまで告げて本件原末供給契約の締結を迫ったのであり、甲野弁護士も、原告の特許担当者に対し、「サカイ薬品(被告)からはこの製法しか聞いていない。この方法で勝てると思っている。今、沢井(原告)側が降りることになれば、同じサカイ薬品原末で争っている他の訴訟上、裁判所に極めて悪い印象を与えてしまうことになる。」と告げたのであるから、原告に被告主張のような対応をとることを期待するのは無理といわなければならない(原告が他の供給業者と契約をした場合、右のように、債務者としての原告の答弁を、実は市川化学研究所ではなく他の供給業者から供給を受けたものであるという答弁に変更することになり、原告は、答弁書において結果的に虚偽の答弁をしたことになる。被告と必要最小限度の量について契約をした場合も、右のように、その後については別の供給業者を探しているというような答弁に変更することになるから、当然、相手方であるエーザイからなぜ被告から安定的に供給を受けないのか追及されることになり、被告代表取締役らのいう「裁判所に極めて悪い印象を与える」ことに変わりはない)。事例に応じた例外(不測の事故又は正当な理由がある場合)があるという点について、右乙第六号証の1には、たとえば輸入先の外国の原末メーカーの事情で入荷しない場合も許されており、少なくとも平成六年の収載当時は特許係争による場合も免責事由となると考えられており、実際にその当時に薬価基準から削除された例を聞かない旨記載されているが、右記載のような場合が例外に当たるとの取扱いがされていたとか、三か月以内の供給義務を果たしていないのに右例外の適用により薬価基準からの削除などの不利益を受けなかったという実例があると認めるに足りる証拠はなく、要するに、本件において原告が三か月以内の供給義務を果たさなくても、例外の適用によりエトラプチン錠1について薬価基準から削除され、次回以降の後発医薬品につき薬価基準収載が受けられないという不利益を受けるおそれはないという保証は全くないのであるから、後発医薬品メーカーである原告にそのような危険を冒すことを期待することは無理というべきである。

(四) 更に、被告は、本件仮処分事件の債務者である原告の代理人及び輔佐人であった甲野弁護士らの言動を被告の責任に帰するのは不当であるとし、甲野弁護士らが本件仮処分事件に関連して原告との間でした言動は、すべて債務者である原告の代理人及び輔佐人の立場で原告のためにその専門職能上の見解・言動をとったものであることは当然である旨主張するが、甲野弁護士らは、裁判所を含めた対第三者の関係では形式的に、本件仮処分事件の債務者である原告が自ら選任した代理人・輔佐人であるとはいえ、原告と被告との関係においては、報酬も被告から支払われていることは弁論の全趣旨により明らかであり(従前の特許係争において原告が甲野弁護士らを代理人・輔佐人に選任したのも、被告から原末の供給を受けている関係で、被告の指示に従ったものである)、その立場は、原告と被告の利害が対立する場合には被告にウエイトを置いたものとならざるをえないところ、本件仮処分事件における答弁書の作成・提出については、甲野弁護士らが、その内容について事前に原告に一切相談することなく、被告と検討会を行ってしたものであって、被告の言動そのものといってよく、甲野弁護士の原告の特許担当者に対する「サカイ薬品(被告)からはこの製法しか聞いていない。この方法で勝てると思っている。今、沢井(原告)側が降りることになれば、同じサカイ薬品原末で争っている他の訴訟上、裁判所に極めて悪い印象を与えてしまうことになる。」との発言も、原告の利益というよりは、原告を含む後発医薬品メーカーに原末を供給している被告の利益を重視したものであり、被告代表取締役らの発言とほぼ一致するものであって、被告と意を通じた上での発言と推認され、被告の責任に帰すべきものである。

(五) なお、被告は、本件原末供給契約の締結によって原告が損害を被ったとの主張は、被告の供給したアゼラスチン原末の製法が製法Bであり、製法Bは本件特許権を侵害するものである、との前提に立つものであるが、その前提を欠くものであると主張するところ、被告の供給したアゼラスチン原末の製法が製法Bであることは当事者間に争いがなく、製法Bが本件特許発明の技術的範囲に属することは、エーザイが被告からアゼラスチン原末の供給を受けていた原告以外の製薬会社に対してその製剤の製造販売の差止めを求めた仮処分事件について、いずれも仮処分命令が発令きれ、仮処分命令発令を免れた会社も、原告とほぼ同内容で和解しているのに対し、被告は製法Bが本件特許発明の技術的範囲に属しないとする具体的理由を何ら主張立証しないことから、明らかである。

4  以上のとおり、被告の本件における一連の行為は原告に対する不法行為を構成するというべきであるから、被告はこれによって原告の被った損害を賠償すべき義務がある。

二  争点2(被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対し賠償すべき損害の額)について

1  そこで、被告の不法行為により原告の被った損害の額について、原告の主張に従い検討する。

(一) 逸失利益 一億円

原告は、被告の不法行為により平成七年六月一日に本件仮処分事件につきエーザイとの間で本件和解を成立させることを余儀なくされ、以後、塩酸アゼラスチン製剤エトラプチン錠1の製造販売ができなくなり、その薬価基準収載及び製造承認も取り下げざるをえなかったところ、原告としては、もし当初から原末の製法が製法Bであることを開示されていれば、被告の原末を採用することはなく、価格の安い深幸薬業の原末を採用していたのであり、そうしていれば、本件和解を成立させることもなく、同日以降も塩酸アゼラスチン製剤エトラプチン錠1を製造、販売して利益を得ることができたはずであるから、原告が同日以降エトラプチン錠1を製造、販売していれば得られたはずの利益を喪失したことによる損害は、被告の不法行為と相当因果関係にある損害ということができる。これに対し、原告が被告の原末によりエトラプチン錠1の製造販売を始めた平成六年九月から本件和解成立の日の前日の平成七年五月三一日までの期間は、原告は、現に被告又は深幸薬業から供給を受けた原末を使用してエトラプチン錠1を製造、販売していたのであるから、たとえ被告から供給されたアゼラスチン原末の価格が高かったために利益を上げることができなかったとしても(原告が利益を得たと認めるに足りる証拠はない)、右期間中については、逸失利益の損害を被ったものとはいえない。

しかして、甲第一六号証(原告の営業企画部長作成の平成九年五月二三日付報告書)及び証人八久義雄の証言によれば、原告は、エトラプチン錠1の年間販売量を最低でも一二〇〇万錠と想定して、被告から六か月間に六・六kgの供給を受けるという本件原末供給契約を締結したものであること(一錠分一mgで、原告が購入したアゼラスチン原末を塩酸塩化する際のロスを見込んで六〇〇万錠分に相当)、原告が被告から供給を受けた原末を使用して製剤化したエトラプチン錠1の販売量は、平成六年九月二万二〇〇〇錠、一〇月二〇万三二〇〇錠、一一月一一万〇一〇〇錠、一二月三一万四五〇〇錠、平成七年一月三一万八二〇〇錠、二月五七万八四〇〇錠、三月二一九万五六〇〇錠、四月一九一万六〇〇〇錠であること(但し、三月及び四月は、被告から供給を受けた原末を早く処分するため、安い価格で売り払ったものである)、一品目当たりの年間平均売上高及び(販売会社の)営業部員の数が原告の二分の一以下であるマルコ製薬株式会社の塩酸アゼラスチン製剤の販売量は、平成六年七月から一二月までの六か月間で一七三万七〇〇〇錠(一か月平均で二八万九五〇〇錠)、平成七年一年間で五〇〇万七〇〇〇錠(同じく四一万七二五〇錠)、平成八年一年間で四〇四万三〇〇〇錠(同じく三三万六九一七錠)、平成九年一月から三月までの三か月間で一三〇万二〇〇〇錠(同じく四三万四〇〇〇錠)であることが認められ、前記のとおり、原告が同年四月二〇日に深幸薬業及び三洋化学研究所との間で締結した契約では、原告は深幸薬業から塩酸アゼラスチン原末を毎月最低五〇〇g買い受けるものとされ、同月二四日、一・五kgを購入し、納品を受けたことを併せ考えれば、原告は、少なくとも平成七年六月一日以降、平成八年、平成九年には毎月五〇万錠のエトラプチン錠1を製造、販売できたものと認められる。

そして、前記甲第一六号証によれば、エトラプチン錠1の一錠当たりの販売価格は、薬価改定の関係で、平成七年六月から平成八年三月までは一八・五円、平成八年四月から平成九年三月までは一六円、平成九年四月以降は一三円であったと推定されること、原末の一錠当たりの価格は、平成七年六月から平成八年一二月までは九円(一kg当たり九〇〇万円)、本件特許権の存続期間が終了する平成九年一月以降は二・二円(一kg当たり二二〇万円)であり、一錠当たりの賦形剤の原料費が〇・三円、加工費・包装費が一・七円であるので、製造コストの合計は、平成七年六月から平成八年一二月までは一一円、平成九年一月以降は四・二円となったと推定されること、したがって、一錠当たりの利益は平成七年六月から平成八年三月までの一〇か月間は七・五円、平成八年四月から一二月までの九か月間は五円、平成九年一月から三月までの三か月間は一一・八円、平成九年四月以降は八・八円と計算されることが認められる。

そうすると、原告が平成七年六月から本件口頭弁論終結(平成九年八月二六日)の月である平成九年八月までの間に得られたはずの利益は、平成七年六月から平成八年三月までの一〇か月間の三七五〇万円(七・五×五〇万×一〇)、平成八年四月から一二月までの九か月間の二二五〇万円 (五×五〇万×九)、平成九年一月から三月までの三か月間の一七七〇万円(一一・八円×五〇万×三)、平成九年四月から八月までの五か月間の二二〇〇万円(八・八×五〇万×五)の合計九九七〇万円ということになる。そして、遠い将来のことはともかく、口頭弁論終結直後の平成九年九月分の利益を加えただけでも原告主張の一億円を超えることになるから、中間利息の控除を考慮に入れても、原告は、平成七年六月一日の時点で評価して一億円の得られたはずの利益を失ったものと認めるのが相当である。

(二) 本件和解により取り下げた製造承認を取得するために要した費用 〇円原告は、エトラプチン錠1について原告が製造承認取得のために要した費用は二六五二万四四三〇円であるとして、その範囲内で二六四八万円を被告の不法行為により原告の被った損害であると主張して賠償を請求するが、右の費用は、エトラプチン錠1の製造販売により利益を得るために要する開発費用であり、本来、その利益から回収すべき性質のものであるところ、右(一)の逸失利益の損害額の算定に当たって、開発費用相当額を控除していないから、右逸失利益の損害とは別に製造承認取得のために要した費用を損害として認める余地はない。

(三) エーザイとの間の本件和解に伴って生じた損害 一五四四万円

原告は、本件和解に基づきエーザイに対し解決金として五〇〇万円を支払ったから、同額の損害を被ったものと認められる。

また、原告は、本件和解に基づき、平成七年四月二四日に深幸薬業から一三五〇万円で購入した一・五kgの塩酸アゼラスチン原末で製剤したエトラプチン錠1一四三・五九kgをエーザイに引き渡し、エーザイは同年六月二三日これを焼却処理したところ、エトラプチン錠1一錠に含まれる塩酸アゼラスチンの量は一mgであるが、右廃棄した一四三・五九kgのエトラプチン錠1に含まれる塩酸アゼラスチンの量、換言すれば、原告が右塩酸アゼラスチン原末で製剤したエトラプチン錠1を同年四月二四日から同年五月三一日までの間に販売した残りの数量を認めるに足りる証拠はなく、前記のとおり原告は平成七年六月一日以降、毎月五〇万錠のエトラプチン錠1を製造、販売できたものと認められるので、エトラプチン錠1が右期間に五〇万錠、塩酸アゼラスチン原末にして五〇〇gが販売され、したがって、廃棄したエトラプチン錠1は一〇〇万錠、塩酸アゼラスチン原末にして一kg、価格にして九〇〇万円と認めるのが相当である。そして、前記のとおりエトラプチン錠1の一錠当たりの賦形剤の原料費は〇・三円、加工費・包装費は一・七円であるところ、右廃棄したエトラプチン錠1は包装前のものであるから、一錠当たりの製剤費用は、包装費〇・五六円(甲一六資料6)を差し引いた一・四四円となる。したがって、廃棄したエトラプチン錠1一〇〇万錠の製剤費用は一四四万ということになる。

そうすると、原告は、本件和解に伴い、右解決金五〇〇万円、廃棄したエトラプチン錠1の購入代金九〇〇万円及びその製剤費用一四四万円の合計一五四四万円の損害を被ったものと認められる。

(四) 弁護士費用 五〇〇万円

以上の(一)及び(三)の損害額の合計は一億一五四四万円となるところ、右認容額、本件事案の難易その他諸般の事情を考慮すれば、五〇〇万円をもって被告の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用の損害と認めるのが相当である。

2  右1の(一)、(三)、(四)の合計額は一億二〇四四万円であり、被告は、右額を本件不法行為により原告の被った損害として賠償すべき義務があるといわなければならない。

第五  結論

以上によれば、原告の本件請求は、前記一億二〇四四万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成八年五月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

よって、主文のとおり判決する(平成九年八月二六日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官 小出啓子)

1 製法A

<省略>

2 製法B

<省略>

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